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2025.09.23

労務管理が変わる財務分析の始め方|基礎から学ぶ解説

「感覚的な人員配置から脱却したい」 「人件費が適正なのか、客観的な根拠が欲しい」 「採用計画に説得力を持たせたい」

中堅・中小企業の経営者や人事労務の責任者の方なら、一度はこう考えたことがあるのではないでしょうか。

実は、これらの課題を解決する強力な武器が「財務分析」です。財務と聞くと「専門的で難しそう…」と感じるかもしれませんが、ポイントさえ押さえれば、労務管理を劇的に改善するヒントが満載です。

この記事では、財務の知識がゼロの方でも、財務分析を労務管理に活かすための具体的な方法を、3つのステップで分かりやすく解説します。この記事を読めば、データに基づいた戦略的な労務管理の第一歩を踏み出せるようになります。

財務・会計・経理の役割と違いとは

財務分析の話に入る前に、よく混同されがちな「財務」「会計」「経理」の3つの役割の違いを整理しておきましょう。それぞれの目的と時間軸を理解することが、全体像を掴む近道です。

未来の資金計画を担う「財務」

財務とは、会社が将来にわたって事業を継続・成長させるために必要なお金(資金)を管理・調達することです。いわば、会社の「未来」のお金に関する戦略を立てる役割を担います。

  • 主な仕事内容
    • 金融機関からの資金調達(融資交渉)
    • 投資家からの資金調達(出資、株式発行)
    • 予算の策定と管理
    • M&A(企業の買収・合併)の計画
    • 財務戦略の立案

財務の仕事は、会社の成長戦略と密接に関わっており、経営判断そのものと言える重要な業務です。

過去の実績を記録する「会計」

会計とは、会社の日々の経済活動を記録・測定し、利害関係者(経営者、株主、税務署など)に報告することです。財務が未来を向いているのに対し、会計は会社の「過去」の活動結果をまとめる役割を担います。

  • 主な仕事内容
    • 決算書の作成(損益計算書、貸借対照表など)
    • 経営状況の分析と報告
    • 税務申告

会計が作成する決算書(財務諸表)は、会社の健康状態を示す「健康診断書」のようなもので、後述する財務分析の基礎データとなります。

日常の入出金を管理する「経理」

経理とは、日々のお金の流れを記録・管理する仕事です。会計という大きな枠組みの中で、日々の取引を正確に処理する「現在」の実務部隊と言えます。

  • 主な仕事内容
    • 伝票の作成・整理
    • 請求・支払業務
    • 経費精算
    • 給与計算
    • 売掛金・買掛金の管理

経理の正確な仕事がなければ、信頼できる会計報告は成り立ちません。

財務・会計・経理の業務内容の比較

財務(未来志向)

  • 時間軸:未来
  • 目的:事業継続・成長のための資金計画
  • 主な業務:資金調達、予算管理、財務戦略
  • 関わるお金:これから動かす大きなお金

会計(過去の記録)

  • 時間軸:過去
  • 目的:経営成績や財政状態の報告
  • 主な業務:決算書の作成、税務申告
  • 関わるお金:過去に動いたお金の集計結果

経理(現在の実務)

  • 時間軸:現在
  • 目的:日々のお金の流れの正確な記録・管理
  • 主な業務:伝票処理、請求・支払、給与計算
  • 関わるお金:日々動くお金

このように、経理が記録した日々のデータ(現在)を、会計が財務諸表としてまとめ(過去)、そのデータを基に財務が未来の戦略を立てる、という流れで繋がっています。

労務管理に財務分析が必要な理由

では、なぜ労務管理に財務分析が必要なのでしょうか。その理由は大きく3つあります。

客観的データに基づく意思決定のため

財務データという客観的な「数字」を共通言語にすることで、感覚や経験だけに頼らない、説得力のある意思決定が可能になります。

例えば、「A部署は人が足りないから増員したい」という現場の声に対し、「A部署の一人当たり売上高は全社平均より低い。増員する前に、まず業務効率化で生産性を高められないか?」といった、データに基づいた建設的な議論ができます。

人件費の費用対効果を可視化するため

人件費は、多くの企業にとって最も大きなコストの一つです。しかし、それは単なる費用ではなく、将来の利益を生み出すための「投資」でもあります。

  財務分析を行えば、その人件費という投資が、どれだけの利益(付加価値)を生み出しているのか(=費用対効果)を可視化できます。これにより、人件費を「聖域なきコストカット」の対象ではなく、戦略的な投資対象として捉え直すことができます。

戦略的な人員計画を立案するため

会社の成長戦略と人事戦略を連動させる上でも、財務分析は不可欠です。

  「来期は売上を10%伸ばす」という経営目標に対し、財務分析を通じて「そのためには、あと何人採用する必要があるか」「人件費はいくらまで増やせるか」といった具体的な人員計画を数値で示すことができます。  これにより、場当たり的ではない、戦略的な採用・配置・育成が可能になります。

「財務分析は意味ない」という誤解

一方で、「財務分析は意味ない」という声も聞かれます。これは、分析が目的化してしまい、具体的なアクションに繋がっていないケースがほとんどです。

難しい指標をたくさん計算するだけでは、確かに意味がありません。重要なのは、「労務管理の改善」という明確な目的を持って、必要な指標に絞って分析し、次の打ち手を考えることです。この記事で紹介する方法は、まさにそのための実践的なアプローチです。

基礎から学ぶ財務分析の3ステップ

それでは、実際に財務分析を始めるための具体的な手順を3つのステップで見ていきましょう。専門的な知識は不要です。

STEP1. 損益計算書(PL)を準備する

まず、会社の「儲けの構造」がわかる  損益計算書(PL:Profit and Loss Statement)  を手元に準備しましょう。会計担当者に依頼すれば、月次や年次のものを入手できるはずです。

損益計算書(PL)とは、一定期間(例:1年間)に会社がどれだけ儲かったかを示す成績表です。

※なお、本来の財務分析では貸借対照表(BS:Balance Sheet)のほうが重要な要素となりますが、今回は財務知識をお持ちでない方向けの労務管理改善に焦点を当てているため、損益計算書(PL)のみを使った分析手法をご紹介します。

財務知識をお持ちでない方が労務管理のために見るべき項目は、主に以下の5つです。

  • 売上高 本業で得た売上の合計。
  • 売上原価 売れた商品やサービスの仕入れ・製造にかかった費用。
  • 売上総利益(粗利) 売上高から売上原価を引いたもの。商品・サービスの基本的な儲け。
  • 販売費及び一般管理費(販管費) 商品を売るための費用(営業人件費、広告費など)や、会社を管理するための費用(役員報酬、管理部門人件費、家賃など)。労務管理で注目する人件費は、主にこの中に含まれます。
  • 営業利益 売上総利益から販管費を引いたもの。本業での最終的な儲け。

まずは、自社のPLを眺めて、売上に対して人件費がどのくらいの割合を占めているのかを確認するだけでも、大きな発見があるはずです。

STEP2. 労務管理の重要指標を計算する

次に、PLの数字を使って、労務管理に役立つ3つの重要な経営指標を計算してみましょう。計算式はシンプルなので、電卓があればすぐに計算できます。

  1. 労働生産性 従業員一人あたりがどれだけの付加価値(儲け)を生み出しているか。
  2. 労働分配率 生み出した付加価値のうち、どれだけを人件費として従業員に分配しているか。
  3. 一人当たり人件費 従業員一人あたりに、会社がどれだけのコストをかけているか。

これらの指標の具体的な計算方法と活用法は、次の章で詳しく解説します。

STEP3. 競合他社や業界平均と比較する

STEP2で計算した指標が「良いのか悪いのか」を判断するために、比較対象が必要です。  最も分かりやすいのが、競合他社や業界平均との比較(他社比較)  です。

例えば、自社の労働生産性が500万円だったとしても、それだけでは評価できません。しかし、「業界平均が700万円」「競合のA社は800万円」という情報があれば、「自社の生産性は改善の余地が大きい」と判断できます。

比較データは、後述する「よくある質問」で紹介する方法で入手できます。

労務管理に活かす財務分析の具体的手法

ここからは、先ほど挙げた3つの重要指標を使って、労務管理の課題をどう改善していくのか、具体的な手法を見ていきましょう。

労働生産性で人員配置の妥当性を評価

労働生産性とは、従業員一人あたりが生み出す成果を示す指標で、会社の収益力を測る上で非常に重要です。ここでは、財務知識をお持ちでない方でも計算しやすい「売上高労働生産性」を使います。

  • 計算式 売上高労働生産性 = 売上高 ÷ 従業員数

活用方法

例えば、会社全体の労働生産性が一人当たり1,000万円だったとします。これを部門別に計算してみましょう。

  • 営業A部:1,500万円
  • 営業B部:700万円

この結果から、「なぜA部とB部で2倍以上の差があるのか?」という問いが生まれます。 A部の成功要因(優秀な人材、効率的な営業手法など)を分析してB部に展開したり、B部の業務プロセスを見直して人員配置の最適化を検討したり、といった具体的なアクションに繋げることができます。

労働分配率で人件費の適正水準を判断

労働分配率とは、会社が生み出した付加価値(儲け)のうち、人件費にどれだけ分配されたかを示す割合です。人件費が利益を圧迫していないか、逆に従業員への還元が少なすぎないか、といったバランスを見る指標です。

  • 計算式 労働分配率 = 人件費 ÷ 付加価値 ※付加価値は厳密な計算が複雑なため、財務知識をお持ちでない方は「付加価値 ≒ 売上総利益」と捉えて計算して問題ありません。

活用方法

一般的に、労働分配率の適正水準は業種によって異なりますが、おおむね  40%~60%  に収まることが多いです。

  • 労働分配率が高すぎる場合 人件費が利益を圧迫している可能性があります。給与水準を維持したまま生産性を向上させる施策(業務効率化、高付加価値事業へのシフトなど)が求められます。
  • 労働分配率が低すぎる場合 利益は出ているものの、従業員への還元が不十分である可能性があります。モチベーション低下や人材流出に繋がる恐れがあるため、賞与や昇給による還元を検討する際の根拠となります。

業界平均と比較して、自社の水準が適正範囲にあるかを確認することが重要です。

一人当たり人件費で給与水準を比較

一人当たり人件費とは、従業員一人あたりにかかっているコストです。これには給与や賞与だけでなく、会社が負担する社会保険料なども含まれます。

  • 計算式 一人当たり人件費 = 人件費 ÷ 従業員数

活用方法

この指標の主な活用法は、競合他社との給与水準の比較です。

例えば、自社の一人当たり人件費が500万円で、採用で競合するA社が600万円だった場合、給与水準で劣っている可能性があり、採用競争で不利になるかもしれません。

もちろん、福利厚生や働きがいなど、給与以外の魅力もありますが、自社の給与水準が市場においてどのレベルにあるのかを客観的に把握しておくことは、採用戦略や離職率改善を考える上で非常に重要です。

財務データに基づいた採用・育成計画の策定

これらの指標を組み合わせることで、より戦略的な採用・育成計画を立てることができます。

  • 採用計画 「売上目標を1億円上乗せしたい。現在の労働生産性が一人1,000万円だから、単純計算で10人の増員が必要だ。一人当たり人件費が500万円なので、年間5,000万円の人件費増になる。この場合、労働分配率は許容範囲に収まるか?」 このように、事業計画から必要な人員数と人件費を算出し、経営へのインパクトをシミュレーションできます。
  • 育成計画 「労働生産性が業界平均より低い。これを改善するために、従業員のスキルアップ研修に投資しよう。研修費用は〇〇円かかるが、それによって生産性が10%向上すれば、売上総利益が△△円増加し、投資は十分に回収できる」 教育投資の効果を財務的な視点から説明でき、経営層の理解を得やすくなります。

財務分析に関するよくある質問

専門知識がなくても分析できますか?

はい、できます。 この記事で紹介した「損益計算書(PL)」と「3つの指標(労働生産性、労働分配率、一人当たり人件費)」から始めるのがおすすめです。

重要なのは、最初から完璧な分析を目指さないことです。まずは自社の数字を計算し、過去の推移や競合と比較してみるだけでも、多くの気づきが得られます。会計ソフトの分析機能などを活用するのも良いでしょう。

分析に便利なツールはありますか?

はい、あります。多くの企業では、以下のようなツールが活用されています。

  • 会計ソフト freeeやマネーフォワード クラウドなどのクラウド会計ソフトには、入力されたデータから自動でグラフやレポートを作成してくれる経営分析機能が搭載されていることが多いです。まずは自社で利用しているソフトの機能を確認してみましょう。
  • Excel(スプレッドシート) 最も手軽なツールです。PLのデータを入力し、自分で計算式を組んでグラフ化するだけでも、十分に役立つ分析が可能です。
  • BI(ビジネスインテリジェンス)ツール TableauやMicrosoft Power BIなど、より高度で視覚的な分析ができる専門ツールもあります。データ分析を本格的に進めたい場合は、導入を検討する価値があります。

競合他社の財務データはどこで入手できますか?

競合他社の財務データは、以下の方法で入手できる場合があります。

  • 上場企業の場合 金融庁の「EDINET」や、各企業のウェブサイトにある「IR(投資家情報)」ページから、決算短信や有価証券報告書を無料で閲覧できます。
  • 非上場企業の場合 官報に掲載される決算公告を探す方法があります。また、帝国データバンクや東京商工リサーチといった信用調査会社から、有料で企業情報を購入することも可能です。まずはGoogleで「(会社名) 決算公告」と検索してみるのが手軽です。

まとめ

今回は、財務分析を労務管理に活かすための基本的な考え方と、初心者でもすぐに実践できる具体的な手法を解説しました。

最後に、この記事の要点をまとめます。

  • 財務・会計・経理の違いを理解しよう 未来の「財務」、過去の「会計」、現在の「経理」という時間軸で捉えると分かりやすい。
  • 財務分析は客観的な労務管理の第一歩 感覚的な判断から脱却し、人件費の費用対効果や戦略的な人員計画の立案に役立つ。
  • まずはPLから3つの指標を計算しよう 損益計算書(PL)を準備し、「労働生産性」「労働分配率」「一人当たり人件費」を計算してみる。
  • 比較することで自社の立ち位置が見える 計算した指標を、過去の自社や競合他社、業界平均と比較することで、課題が明確になる。

財務分析は、決して専門家だけのものではありません。むしろ、会社の「人」を預かる経営者や人事労務担当者こそが身につけるべき、強力なスキルです。

まずは自社の損益計算書を手に取り、従業員一人当たりの売上高(労働生産性)を計算することから始めてみませんか。その一つの数字が、あなたの会社の労務管理を、より戦略的で強固なものに変えるきっかけになるはずです。