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2025.07.01

退職時の有給消化、適切な対応で企業リスクを回避する

「退職する社員から有給を全部消化したいと言われて困っている」「繁忙期の退職で有給消化を断りたいが、法的に問題ないか心配」

このような悩みを抱える経営者は少なくありません。実際、退職者の有給消化は多くの企業が直面する課題です。しかし、正しい知識を身につければ、法的リスクを避けながらスムーズな退職手続きができるようになります。

なぜ有給消化を拒否できないのか

結論から申し上げると、退職する社員の有給消化を会社が拒否することはできません。これは労働基準法で決められたルールです。

通常であれば、会社には「時季変更権」という権利があります。これは「その日は忙しいから、別の日に有給を取ってもらえませんか」とお願いできる権利です。ところが、退職する社員に対してはこの権利が使えません。なぜなら、退職日を過ぎてから有給を取ることは不可能だからです。

もし有給消化を拒否すると、どうなるでしょうか。労働基準法違反として指導を受ける可能性があります。また、有給分の給与を支払う義務も発生します。さらに、会社の評判が悪くなり、新しい人材の採用に悪影響を与えることもあります。

事前の準備が成功の鍵

退職時のトラブルを防ぐには、普段からの準備が大切です。

まず、就業規則を見直しましょう。退職を申し出る期間や有給消化のルールを明確にしておけば、後でもめることが少なくなります。一般的には、退職の1〜2か月前に申し出てもらうルールにしている会社が多いようです。

次に重要なのは、業務の「見える化」です。特定の人にしかできない仕事があると、その人が辞めるときに困ります。業務手順を文書にまとめたり、複数の人が同じ仕事をできるようにしておくことで、急な退職にも対応しやすくなります。

退職を告げられたときの対応

社員から退職の申し出があったとき、まずは冷静になることが大切です。引き止めたい気持ちや困惑する気持ちもあるでしょうが、感情的になっては良い解決策は見つかりません。

最初にすべきことは、その社員の有給が何日残っているかを正確に調べることです。人事担当者と連携して、間違いのない数字を把握しましょう。

その上で、現実的なスケジュールを話し合います。引き継ぎにどのくらい時間が必要か、いつまでに完了させるか、有給消化期間はいつからいつまでかを決めていきます。この時、一方的に要求するのではなく、お互いが納得できる計画を作ることが重要です。

よくある困った状況への対処

後任者が見つからない場合 「後任が決まるまで辞められません」と言いたくなりますが、これは法的に認められません。他の部署から一時的に応援を頼んだり、外部の専門家に業務を委託したり、業務内容を他のメンバーで分担するなどの方法を検討することになります。

繁忙期の退職 「今は忙しいから有給消化は無理」という理由も通りません。まずは社内の他部署から応援を頼んだり、管理職が現場に出て直接対応したりする必要があります。それでも人手が足りない場合は、人材派遣会社に相談してスタッフの派遣を検討する方法があります。ただし、派遣には一定の期間や条件がありますので、事前に派遣会社と詳細を確認することが重要です。また、限られた人員で効率的に業務を進めるため、最も重要な業務に集中し、緊急性の低い業務については実施時期を調整することも一つの方法です。

重要なプロジェクトの最中 プロジェクトが終わるまで待ってもらうことはできません。まずは詳細な引き継ぎ資料を作成し、プロジェクトメンバー全員で情報を共有することが考えられます。退職者の担当部分は、他のメンバーで分担するか、管理職が直接引き継ぐことを検討してみてください。専門性の高いプロジェクトの場合は、その分野に詳しいフリーランスのコンサルタントや業務委託先を見つけることも選択肢の一つです。例えば、システム開発であればフリーランスのエンジニア、マーケティングプロジェクトであればマーケティングの専門家など、クラウドソーシングサイトや業界のネットワークを活用することで、適切な人材を見つけられる可能性があります。場合によっては、プロジェクトの進行スケジュールを調整し、重要度の低い部分を後回しにすることも検討してみてください。

有給消化期間中の業務継続

社員が有給消化に入ったら、その期間中は完全に休暇を取る権利があります。引き継ぎに関する質問や相談を強制することはできません。だからこそ、有給消化が始まる前に、しっかりとした引き継ぎ資料を作成し、必要な情報をすべて整理しておくことが重要です。

人手不足への対応としては、まず社内の他部署から応援を頼めないか検討しましょう。それでも足りない場合は、既存のメンバーで業務を分担したり、管理職が直接対応に当たることも必要です。さらに、業務内容によっては外部の力を借りることも現実的な選択肢です。例えば、経理業務であれば税理士事務所や経理代行サービス、営業事務であれば事務代行会社、システム関連であればIT関連の業務委託会社など、専門性に応じた外部パートナーを活用することで一時的な人手不足を補うことができます。

どの業務を優先するかも重要です。すぐにやらなければならない仕事、少し待っても大丈夫な仕事、新しい担当者が決まってからでも問題ない仕事に分けて、限られた人手を効率的に使いましょう。

管理職の教育も忘れずに

現場の管理職が適切に対応できるよう、教育も必要です。労働基準法の基本的な知識、退職を告げられたときの正しい対応方法、感情的にならずに話し合うコツなどを研修で教えることで、組織全体の対応レベルが上がります。

対応マニュアルを作っておくことも効果的です。退職の申し出から退職日までの手順、よくある質問への答え、困ったときに誰に相談すればよいかなどを文書にまとめておけば、現場の管理職も安心して対応できます。

突然の退職を減らす取り組み

そもそも突然の退職を減らすことができれば、問題の根本的な解決になります。

定期的に社員と面談を行い、仕事の悩みやキャリアの希望を聞く機会を作りましょう。不満や問題を早めに把握できれば、退職を防げることもあります。匿名のアンケートで職場の満足度を調査することも有効です。

社員のやる気を測る指標を定期的にチェックし、数値が下がっている人には個別にフォローすることで、退職の兆候を早めに察知できるかもしれません。

経営者としての心構え

退職時の有給消化は、法律で決められた社員の権利です。「困った」「迷惑だ」と感じるかもしれませんが、この制度は社員の健康と生活を守るためにあります。

重要なのは、有給消化を「避けられない負担」と考えるのではなく、「組織を強くするきっかけ」として捉えることです。一人の退職によって業務が回らなくなるということは、その業務が特定の人に依存しすぎていたということです。これを機に業務を整理し、誰でもできるような仕組みを作ることで、より安定した経営基盤を築くことができます。

また、退職する社員との関係を良好に保つことも大切です。円満に送り出した社員は、将来的に良いお客様になったり、優秀な人材を紹介してくれたりすることもあります。

適切な対応により、法的リスクを避けながら、従業員との信頼関係を保ち、結果として企業の評判向上にもつながっていくのではないでしょうか。