2025.10.22
経営者が知っておくべき「高額療養費制度」~日本が誇るセーフティネットが、従業員と会社を守る~
経営者の皆様、日々の企業経営、誠にお疲れ様です。
会社経営において「ヒト」は最も重要な財産です。その大切な従業員やご家族が安心して働ける環境こそが、企業の発展の礎となります。
もし、従業員やご家族が大きな病気やケガに見舞われたらどうでしょうか。
日本には、世界に誇るべき医療のセーフティネット**「高額療養費制度」**があります。この制度は、医療費の自己負担に実質的な上限を設けることで、万が一の際の経済的負担を軽減します。「治療費が払えないかもしれない」という不安を取り除き、安心して治療に専念できる環境を保障する、まさに従業員とその家族の生活を守るための制度です。
従業員が安心して治療を受けられるからこそ、回復後に再び職場でその能力を最大限に発揮できます。
今回は、経営者としてぜひ知っておいていただきたいこの重要な制度について、特に70歳以上の方の制度を含めて詳しく解説します。
1. 高額療養費制度とは?
高額療養費制度とは、医療機関や薬局の窓口で支払った医療費(保険適用の自己負担分)が、**1ヶ月(月の初めから終わりまで)で一定の「自己負担限度額」**を超えた場合に、その超えた金額が後から払い戻される制度です。
注記:
- 対象となるのは、保険適用の医療費のみです。
- 入院時の食事代や、希望して個室に入った場合の差額ベッド代、保険適用外の先進医療などは対象外です。
■【重要】窓口での支払いを限度額までにする方法
本来、この制度は後から払い戻しを受ける(償還払い)ものですが、それでは一時的にせよ高額な費用を立て替えねばならず、負担が大きくなります。
そこで、窓口での支払いを最初から自己負担限度額までにする仕組みがあります。
1. マイナ保険証を利用する場合(推奨) マイナンバーカードを健康保険証として利用できる医療機関では、本人が同意すれば「限度額適用認定証」の申請は不要です。窓口でマイナ保険証を提示するだけで、自動的に支払いが自己負担限度額までとなります。
2. マイナ保険証を利用しない場合 マイナ保険証を利用しない方(従来の健康保険証や資格確認書を使用する方)は、事前に加入している保険者(健康保険組合、協会けんぽ、市区町村の国民健康保険窓口など)に**「限度額適用認定証」**を申請し、交付を受ける必要があります。入手した認定証を保険証と共に医療機関の窓口で提示することで、支払いが限度額までとなります。
経営者としては、従業員から入院等の相談を受けた際、**「マイナ保険証を使えば事前の申請は不要」**であることを周知することが重要です。 (※マイナ保険証に対応していない医療機関では、限度額適用認定証の申請が必要となります。)
2. 70歳未満の自己負担限度額
70歳未満の方の限度額は、主に**所得(標準報酬月額)**によって5段階に区分されています。
例えば、一般的な所得層である**「標準報酬月額28万円~50万円」**の方の場合、自己負担限度額は以下の計算式で決まります。
80,100円 + (総医療費 – 267,000円) × 1%
3. 70歳以上75歳未満の高額療養費制度(負担割合と限度額)
70歳以上75歳未満の方は引き続き健康保険に加入していますが、制度が大きく変わります。特に「外来(通院)」の負担が大幅に軽減されるのが最大の特徴です。 (※75歳以上の方は後期高齢者医療制度に移行します)
■ 70歳以上の負担割合と「申請」の有無
70歳になると「高齢受給者証」が交付され、窓口負担割合が所得に応じて変わります。この区分によって「限度額適用認定証」の申請要否が変わるため注意が必要です。
◆ 一般・低所得者(負担割合 2割)
- **「限度額適用認定証」の申請は【不要】**です。
- 窓口で「保険証」と「高齢受給者証」を提示すれば、自動的に支払いが自己負担限度額までとなります。
- 低所得者I・IIの区分の方は、別途「限度額適用・標準負担額減額認定証」の申請により、さらに負担が軽減されます。
◆ 現役並み所得者(負担割合 3割)
- 現役並みI・IIの区分の方は、マイナ保険証を利用しない場合、**「限度額適用認定証」の申請が【必要】**です。
- ただし、マイナ保険証を利用し窓口で同意すれば、この区分の方も申請は不要となります。
- 現役並みIIIの区分の方は、限度額適用認定証の申請は不要です。
■ 70歳以上の自己負担限度額(二段階の仕組み)
70歳以上の方は、70歳未満の方とは異なり、限度額が「外来のみ」と「入院+外来」の二段階で設定されます。
①【最重要】外来の特例(個人ごと)
これが70歳以上の方の大きなメリットである**「外来特例」**です。
- まず、個人ごとに、**1ヶ月の「外来(通院・薬局)」**の自己負担額をすべて合計します。
- この合計額が、**月18,000円(一般所得者の場合)**を超えた分は、高額療養費として払い戻されます。
- 低所得者Iの場合は月8,000円、低所得者IIの場合も月8,000円が上限となります。
- これは70歳未満にはない、70歳以上の方独自の非常に手厚い特例です。
- 一般・低所得区分の方は、1つの医療機関では窓口での支払いが自動的に18,000円(低所得者は8,000円)までとなります。ただし、複数の医療機関を受診した場合は、合算して限度額を超えた分が後から払い戻されます。
② 世帯ごと(入院+外来)の上限次に、世帯内の70歳以上の方の**「入院」費用と、上記の「外来(①で上限額まで支払った分)」**をすべて合算します。この世帯全体の合計額が、**月57,600円(一般所得者の場合)**を超えた場合、その超えた分がさらに払い戻されます。低所得者Iの場合は月15,000円、低所得者IIの場合は月24,600円が上限となります。
【例:一般所得者(71歳)の場合】
- A病院(外来)で15,000円、B薬局(外来)で10,000円を支払った。
- 外来の合計は 25,000円。
- ①外来の特例が適用され、18,000円を超えた 7,000円 が払い戻されます。
- この方の外来負担は、実質 18,000円 となります。
4. 70歳以上の外来の特例(年間上限)
月々の外来特例に加えて、年間での上限も設けられています。
- 70歳以上の一般所得者・低所得者の方で、「外来」の自己負担額(月間の高額療養費を差し引いた後の額)の年間(8月~翌年7月)合計額が144,000円を超えた場合、その超えた分が払い戻されます。
- これは、月々の負担は18,000円以下でも、通院が長期化し、年間の負担が重くなる方への配慮として設けられています。
5. 経営者が知っておくべき関連知識
■ 世帯合算
一人分の負担額では上限を超えなくても、同じ健康保険に加入している家族(世帯)の自己負担額を合算できる場合があります。
- 70歳以上の方は自己負担額の多寡にかかわらず合算可能です。
- 70歳未満の方は21,000円以上の自己負担額のみが合算対象となります。
■ 多数回該当
高額療養費の支給が直近12ヶ月以内に3回以上あった場合、4回目以降は自己負担限度額がさらに引き下げられます。治療が長期化する従業員にとっては非常に重要な仕組みです。
■ 傷病手当金との連携
高額療養費制度は「医療費」の負担を軽減するものですが、病気やケガで働けない間の「生活費」を保障するものではありません。
そこで重要になるのが**「傷病手当金」**です。業務外の病気やケガで連続4日以上(待期3日間を含む)仕事を休み、給与が支払われない場合に、標準報酬日額の3分の2(支給開始日以前の継続した12か月間の標準報酬月額の平均額÷30日×2/3)が最長1年6か月支給されます。
まとめ
高額療養費制度は、従業員が安心して働ける環境を支える、国の重要なセーフティネットです。特に70歳以上になると、外来の特例(月18,000円)など、さらに手厚い保障が受けられます。
経営者の皆様がこれらの制度を理解し、「何かあったら会社が相談に乗ってくれる」「こういう制度があるから安心だ」という信頼関係を築くことは、従業員の定着率向上、ひいては会社の安定経営に直結します。
特に、マイナ保険証の利用によって高額療養費の手続きが簡素化されること、利用しない場合は「限度額適用認定証」の事前申請が必要になる場合があることを社内で周知することが重要です。
