2025.06.20
算定基礎届から見えてくる会社の本当の姿
「また今年も算定基礎届の季節がやってきました」—— 毎年7月になると、こんな報告を受ける経営者の方も多いのではないでしょうか。正直に言えば、私自身も以前はこの手続きを「繁忙期の年次業務」程度にしか考えていませんでした。
しかし、ある時から算定基礎届を違った視点で見るようになりました。それは、この書類が単なる事務手続きではなく、会社の人事制度や組織の実態を映し出す「鏡」のような存在だということに気づいたからです。
数字が語る組織の真実
算定基礎届を作成する過程で、4月・5月・6月の3ヶ月間の給与データを詳細に見ることになります。この作業を通じて、普段は見過ごしがちな組織の実態が浮かび上がってくることがあります。
先日、知り合いの製造業の社長からこんな話を聞きました。算定基礎届の準備をしていた際、ある部署の残業代が他部署と比べて異常に高いことに気づいたそうです。調べてみると、その部署では慢性的な人手不足により、特定の社員に業務が集中していることが判明しました。
「算定基礎届を作っていなかったら、この問題に気づくのはもっと遅れていただろう」と、その社長は振り返ります。結果的に、業務の見直しと人員配置の調整により、働き方の改善と業務効率化を同時に実現できたそうです。
見落としがちな報酬支払基礎日数の意味
算定基礎届では、各月の「報酬支払基礎日数」を記載する必要があります。月給者なら暦日数、日給・時給者なら実際の出勤日数です。支払基礎日数が17日未満の月は算定対象から除外されるという、一見単純なルールですが、ここにも重要な情報が隠れています。
あるサービス業の経営者は、パートタイマーの支払基礎日数を整理している際に、同じ職種でも勤務日数にかなりのばらつきがあることに気づきました。シフト希望を聞き取ってみると、子育て中の女性従業員の中に、もう少し働きたいと考えている人が複数いることが分かったのです。
この発見をきっかけに、より柔軟なシフト制度を導入し、従業員の希望に沿った働き方を実現することができました。結果として、従業員満足度の向上と人手不足の解消という、一石二鳥の効果を得ることができたそうです。
標準報酬月額等級表が教えてくれること
算定基礎届で算出した報酬月額は、標準報酬月額等級表に当てはめられて標準報酬月額が決定されます。この等級表の仕組みを理解すると、昇給制度の設計においても新たな視点が得られます。
例えば、月額20万円から22万円への昇給と、22万円から24万円への昇給では、標準報酬月額への影響が異なる場合があります。等級の境界線付近では、わずかな昇給で等級が変わることもあれば、ある程度の昇給をしても等級が変わらないこともあります。
このような特性を理解している経営者は、昇給制度をより戦略的に設計できます。従業員のモチベーション向上と、会社の負担のバランスを考慮した、より効果的な昇給計画を立てることが可能になるのです。
月額変更届との絶妙な関係
算定基礎届は年に一度の定時決定ですが、大幅な昇給や降給があった場合には、月額変更届による随時改定が必要になることがあります。この二つの制度の関係を理解することで、人事制度変更のタイミングをより戦略的に計画できます。
ある建設会社の社長は、主任への昇格に伴う手当支給のタイミングを工夫しています。4月の人事異動で昇格を発令しても、手当の支給開始は業績確定後の7月からとすることで、昇格の効果を適切な時期に反映させる制度を作りました。
「従業員には昇格の喜びを早く伝えたいが、会社の業績と処遇は連動させたい」という、経営者としての複雑な思いを、制度の仕組みを活用して解決した好例といえるでしょう。
デジタル化で変わる事務効率
近年、算定基礎届の電子申請システム(e-Gov)を活用する企業が増えています。24時間提出可能で、処理も迅速な電子申請は、業務効率化の観点から大きなメリットがあります。
しかし、それ以上に重要なのは、電子化により過去のデータの管理・分析が容易になることです。数年分の算定基礎届データを比較することで、給与水準の推移や組織の変化を客観的に把握できるようになります。
「データを蓄積することで、より客観的な経営判断ができるようになった」と話す経営者も多く、デジタル化の効果は提出業務の効率化にとどまらないようです。
毎年の気づきを積み重ねる
算定基礎届は毎年同じように見えて、実は毎年新たな発見があります。組織の成長、働き方の変化、制度の改正など、様々な要因により、毎年異なる課題や機会が見えてきます。
「今年の算定基礎届からは何が見えるだろうか」—— そんな視点で取り組むことで、この年次業務が貴重な経営情報を提供してくれる機会となります。
算定基礎届は確かに複雑で面倒な手続きかもしれません。しかし、その向こう側には、会社と従業員の未来をより良くするためのヒントが隠れているのです。今年の算定基礎届提出を機に、ぜひこの新しい視点を試してみてはいかがでしょうか。